一途な男

公開日: 心霊体験 | 怖い話

Love(フリー素材)

小倉が6年ほど勤めた会社が、ようやく派遣社員を数名採用することになったという。

数年彼女がおらず出会いの機会も無かった小倉は静かに歓喜した。

遊びのつもりは毛頭ないマジメな男である。誰かと付き合えば責任を取り、結婚をしても構わない考えだった。

だが社長の好みで女性社員は派手やかな人間ばかりを採用したそうだ。

「知っての通り、僕はけばけばしい女は嫌いだ」

理由は遊んでいるように見えるから。

学生時代に二股された経験により、彼は過度に警戒深くなっていた。

「けど一人だけいたんだよ。派手じゃない娘がさ」

黒髪でシンプルな化粧の彼女は板野さんと言った。年齢は20台前半。

事務スキルは高かったものの、会社にはあまり馴染もうとしない彼女に、徐々に小倉は興味を惹かれていったという。

よく見ると、やや風変わりという注釈付きではあるが、独特の雰囲気を湛えたキュートな女の子だった。

興味が好意に変わるまで、然程時間は掛からなかった。

ある日の休憩中、同僚たちと話しながら何気なく髪を掻き上げると、隅に座っていた板野さんと目が合ったそうだ。

「どうしたの?」

小倉がそう聞くと、彼女は小声で「何でもないです」と言い、俯いたそうだ。

まるで照れた高校生のようだったという。

閃きがあった。

『この仕草を彼女は好むのかもしれない』

小倉はそう思った。

車のバックの時の仕草に惹かれる女性は多いと聞く。彼女の所謂「ツボ」のポイントはこれではないか。

以来、彼女の視界にさり気なく入って髪を掻き上げる仕草を繰り返した。

一週間もすると、髪を掻き上げる仕草を無意識に行うようにまでなっていた。

そして実際、そんな時は板野さんからのはっきりとした視線を感じるそうだ。

『もしかすると彼女も自分のことが気になっているんじゃないか』

小倉の予想を後押しするように、女性社員たちから「あの子、小倉さんのこと色々聞いてくるんですよぉ」という発言もあった。

意を決した小倉は、彼女をご飯に誘った。

有楽町にあるフランス料理店で夕飯を食べた帰り、小倉は彼女をバーに誘った。

そこで告白をしようと決めていたそうだ。

会社のことや休日のこと、果ては学生時代に嵌っていたもの。そんな話をしていると、次第に板野さんの表情が引き締まっていった。

覚悟を決めるような顔だった。

まるでこれから告白するかのような。

『寧ろ彼女の方から、好意を切り出すかもしれない』

小倉は髪を掻き上げた。

「あの……突然変なこと、聞いちゃうようなんですけど……」

「何? 何でも聞いてよ」

この流れだと、きっと交際相手の有無を聞くのだろう。

そう小倉は好意的に解釈したが、結論としては違った。

「小倉さんは今まで途轍もない恨みをかったことはありますか? もしくは小倉さん自身じゃなくても、ご実家が何か恨みを買うような」

「はい?」

「お父様のご職業は?」

「……金融業だけど」

質問の意図が解らぬまま答えた。

「じゃあ、うん、それかな。きっとそう。小倉さんは酷いことできるタイプじゃないと思うし」

彼女は勝手に納得したかのように二度、三度頷いた。

「ねえ、何のこと? うちの親の仕事が気になるって……。それはつまり、将来的なことを考えたりしてるのかな?」

「はい? どういう意味ですか?」

「恨みも僕はかってないと思うよ。今まで女性と遊び目的で付き合ったことないし。二股されたことはあったけど……」

「はぁ」

「交際相手も今はいない」

板野さんは目を白黒させた後、「あぁその方がいいです絶対いいです」と言った。

「君は誰かと付き合ったりしてる?」

「私ですか? 遊ぶ相手は何人かいますけど、彼氏という存在はいないです」

「……僕はあんまり、そういうの好きじゃないな。女の子はフラフラするべきじゃない」

意外に軽薄な答えにショックを受けながら小倉は言った。

板野さんは小倉からの苦言に曖昧に頷き、数秒の後、ハっと顔を上げた。

「あの……もしかして……小倉さん、私に気があったりするんですか?」

迷った挙句、小倉は頷いた。

告白のタイミングはここだと悟った。

「うん。だから他の男と遊ぶのはやめて、僕と付き合ってほしい」

まるで漫画のように板野さんは椅子からずり落ちそうになったという。

「いいやぁぁだぁぁぁ」

細い溜め息のような音だった。

「嫌だ、無理いぃむりむむりりりぃぃぃ。あの、それだけは本当に辞めてください。本当に、本当に嫌です。明日からその気持ちは一切削除してください」

突如大粒の涙を板野さんは浮かべ、懇願し始めた。

小倉は目の前の事態が飲み込めなかった。

「だって、僕のことを仕事中に見つめてるじゃないか」

無意識に小倉は髪を掻き上げた。

「違うの……違うの……それ、それですよ!その仕草が……頬にへばりついてる女の頬肉をえぐってるのよ!どうして、どうして気付かないんですか」

板野さんの嗚咽混じりの説明だとこうだった。

髪の長い女が、おんぶされるように小倉に憑いているという。

頬と頬をまるで恋人同士のようにくっつけている。

小倉は髪を掻き上げる時に、爪を立てて後ろに髪を流す。

その時、爪が女の顔に突き刺さる。

爪で抉られた女は、その度にげらげらと獅子舞のように笑うのだそうだ。

絶句する小倉に、板野さんは言葉を叩き付けた。

「本当に、絶対に無理ですから!お願いですから私に、そんな変な、禍々しいものをくっつけないでください。

小倉さんの気持ちがこっちに向くと、それも私の方に向いちゃうじゃないですか!」

泣きながらバーを出て行く板野さんの後ろ姿を見送っていると、まるで自分が恋人を振ったかのようなシーンに思えた。

その後、板野さんは一週間小倉を無視した後に会社を辞めた。

小倉の身にはまだ霊障と思わしきトラブルは起きていないが「女と付き合う気にはなれない」という。

週末は友人と飲みに行く以外は家に引き篭もり、インターネットに没頭するそうだ。

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